福沢諭吉は狭い日本を超越していました。
広い世界を絶えず意識していたのです。
そこに蘭学者の心意気があります。
福沢諭吉の教育は蘭学者の精神でつらぬかれています。
彼は蘭学者タイプの教師といえるでしょう。
慶応義塾は今でいう石川遼 英語のような英語を学ぶことが出来る学校として、明治初年の日本の英学を一手に引き受けていました。
その卒業生は全国に招かれて英語を教えました。
蘭学の精神は今も生きています。
新島は安中藩士として生まれ、14歳のとき選ばれて蘭学の勉強を始めました。
ある日彼は江戸沖合にオランダ軍艦を見て、海国日本の建設を心に誓います。
やがて英学の勉強を始め、海外の事情を知ろうとしました。
彼が興味深く読んだのは漢訳聖書でした。
彼はこの書によって、父なる神を崇敬すべきことを悟ったのです。
彼の心の中にキリスト教的開拓精神が芽ばえてきたのです。
やがて彼は函館から国外へ脱出し、アメリカに遊学することになります。
彼はキリスト信者として熱心に勉学を続け、キリスト教によって日本を救うことを決意します。