ドクター・オーユルスンは医事局の試験を受けていました。
合格できるだけの英語の力はついていました。
しかし彼は落第したものと思い込んでいました。
これであと1年間マーシー病院の書記として働き、また貧乏していかなくてはならないときめこんでしまいました。
友人や親類と雑居の窮屈な生活をまたくり返すことになるのかと思いました。
・・・というのは、他の受験生はすでに自分の成績について通知を受けていたのに、その朝郵便配達のトラックはオーユルスンの所に停まらなかったからです。
家族はみんな絶望していました。
・・・ところが大きな茶封筒を持って戻ってきた配達夫は、車寄せで待っていたミセス・オーユルスンから抱擁とキスを受けることとなりました。
1965年、アルマンド・コーディナは母親に会いにニュージャージーから戻ってきました。
ようやくキューバを脱出した母親はフロリダ州ジャクソンヴィルに住んでいました。
コーディナは残る高校生活をジャクソンヴィルで送り、英語をさらに数千語覚え、ジャクソンヴィル大学で数学を学ぶ奨学金を獲得しました。
しかし母親はキューバにいた頃も職についた経験がまったくなく、夫とは離婚していました。