1970年代に、この物語中の5人の移民はそれぞれマイアミにおけるキューバ人の成功に大きな貢献をしました。
その1人は全国的に著名な実業家となり、その子供たちはデイド郡ならびに国中でつぎつぎに新しい生産的な仕事につこうとしていました。
アモウリ・ベタンクアートはマイアミに15行あるキューバ人所有の銀行の一つ、トータル銀行の頭取、会長となりました。
1974年にアメリカス銀行という名前で、南西24番街とコーラル・ウェイの角の移動式銀行トレイラーの中で始めた銀行です。
当時マイアミでは繁華街へと移動するキューバ人が増えていましたが、そこにはまだキューバ系銀行はなかったのです。
従ってリトル・ハヴァナとコーラル・グローヴの間に置かれた新しいトレイラーは、そうした必要に応えるのにちょうどいい立場にあったわけです。
また別の有力なキューバ系銀行、インターコンティネンタルはこの考えを広告のうたい文句にしています。
「私たちが繁栄できる最良の道はお客様方の繁栄のお手伝いをすることです」
・・・トータル銀行は顧客の急増で急成長を遂げました。